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【田村潔司】拝啓 UWFインターナショナル様

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【田村潔司】拝啓 UWFインターナショナル(Uインター)様

 

・1991年1月 UWF解散
・1991年2月
UWFインターナショナル設立(所属選手)
・1991年5月旗揚げ

 

Uインター

とても理想の団体でした。

・トップ 高田延彦さん

・(平成)過激な仕掛け人・宮戸優光さん
・女房役の安生洋二さん

・フロント陣
・主力選手 山崎一夫、中野龍雄
・中堅若手の田村潔司・垣原賢人
・若手(新弟子)桜庭和志・高山善廣など
・和田良覚さん、ボーウィー、ゴーン

見事なピラミッドが形成されていて。

 

トップの高田延彦さんの背中を追い

各々選手が、それぞれのポジションを理解し

Uインター

・団体

・プロレス界

飛ぶ鳥を落とす勢いがありました。。

 

当時(1991年)Uインター道場、練習設備
・リング
・ウエイト器具
(ベンチ・インクラ・ダンベル・パワーラック)
サンドバック

倉庫を借り
・夏は(激)暑
・冬は(激)寒
だったけど

僕にとっては最高の練習環境でした。

(1988年)入門
(1993年)一人暮らしを始める(新弟子を卒業⇒寮を出る)

雑用に終われる事なく、練習に専念出来る時間が多く

1993年一人暮らしを始めた頃
(毎日では無いが)
・昼間 動きの練習(2〜3時間)
↓ちゃんこ食事
↓仮眠
・夜はウエイト(1時間30分)
↓ちゃんこ食事
帰宅就寝

同じ場所で
食事&練習&ウエイトが出来る

再&高(最高)の環境でした。

練習がすごく楽しい時期で
とても
充実した時期

加えて
選手としての「考え」&「意識」など

高田さんをはじめ
諸先輩方の背中を見ながら勉強させて頂き

Uインターで過ごした期間は
「田村潔司」を形成していく原点だったと思います。

残念ながら
1996年5月桜庭和志戦を最後に
UWFインターナショナルを卒業(離脱)する形になり

1991年〜1996年在籍した団体

Uインターを卒業しました。。

 

・UWFインターナショナル
団体として
高田延彦さんを筆頭に、
凄く、まとまりのある「団結力」のある団体だったと思います

・愛があり

・夢があり

・涙あり

・笑いあり

・喜びあり

・悲しみあり

そして

・飲みあり

すべてがバランスの取れた

本当に楽しい時間を経験させて頂きました。

(2017年から振り返り)
1991年
・団体のトップ
・代表の顔
・メインエベンターの顔
・練習も若手選手もフロントもまとめ
重責・責任・プレッシャーある中

高田延彦(当時30歳)、なかなかの超人でした。

僕ら若手の
練習だけ専念出来る環境を作って頂き
「感謝」しております

・新生UWF(解散)
・Uインター(卒業)

2団体を経験し
あの時こうだったらとか
後悔、悔やまれてなりません。

しかし

人生ってそんなもんです。。。

いい時代は長くは続かない

形あるものはいつかは壊れる

「今ある当たり前の環境を、当たり前に思うな」


・自分に言い聞かせ
・皆さんの頭の片隅にでも、記憶して貰えたら幸いです。。

 

「田村潔司歴史館【試合編】 」

新生UWF編

Uインター編

第55戦までみていただいた方
有難うございます。

次の移籍先は

前田日明率いる「リングス」

田村潔司歴史館【試合編】第56戦目〜

「リングス」へと戦いの場所に移ります。。

引き続きよろしくおねがい致します。

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