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第52戦目 田村潔司vs桜庭和志 Uインター プロレス格闘技 1996年3月1日・日本武道館

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第52戦目 田村潔司vs桜庭和志 Uインター プロレス格闘技 1996年3月1日・日本武道館

第52戦目

田村潔司vs桜庭和志

Uインター  プロレス格闘技

1996年3月1日・日本武道館

大会名

U.W.F.vs新日全面戦争 第4弾

日時

1996年3月1日

当時の年齢

26歳

対戦相手

vs桜庭和志

会場

日本武道館

試合時間

8分42秒

勝敗

○田村⇒足首固め

田村コメント

 

・1995年8月 UインターNKホール(VSオブライト戦)大会

・新日本プロレス全面対抗戦シリーズに入る
1995.10.9・新日本プロレス東京ドーム大会
(・田村・宮戸不参加

1995年12月9日 田村K-1参戦 名古屋レインボーホール
パトリック・スミス戦

1996年3月31日UWF(Uインター)vs新日全面戦争/武道館大会
・新日本対抗戦シリーズ第4弾

・第1試合(2試合目以降新日本対抗戦)
田村潔司VS桜庭和志戦
(田村7ヶ月ぶりに、Uインター復帰)

生年月日

桜庭和志1969年7月
田村潔司1969年12月
※同学年

入門

桜庭和志 1992年UWFインターナショナル入門(大学中退)
田村潔司 1988年UWF入門(高校卒業)

デビュー

桜庭和志1993年8月13日 日本武道館
田村潔司1989年5月21日 NKホール

1996年(当時)プロレスの「格」の位置づけしたとしたら

・桜庭 前座選手
・田村 メインを幾度と経験(K-1大会でパトスミ勝利、プチブレイク)

1996年(当時)桜庭和志、格闘技的な実力で言うと

1996年・桜庭、世界で通用する実力を秘めていた時期
1998年PRIDE(プライド)活躍で、開花されていく

所属団体

桜庭和志⇒Uインター→キングダム→高田道場(PRIDE)
田村潔司⇒Uインター→リングス →U-FILE

(1996年)桜庭和志3連戦後⇒田村リングス移籍

PRIDE(プライド)初参戦

桜庭⇒1998年PRIDE(プライド)初参戦
田村⇒2002年PRIDE(プライド)初参戦

再び同じPRIDE(プライド)のリングに立つ事となる

桜庭和志

1999年 PRIDE(プライド)フジテレビ放映⇒人気が爆発する

田村潔司

1999年 リングス、WOWOW放映(リングス無差別級王座)

 

1996年袂を分かち

田村⇒2002年PRIDE(プライド)初参戦

PRIDE(プライド)のリングで「格」の位置づけしたとしたら

・Uインターの時と、立場は逆転

PRIDE(プライド)での「格」は違うものの

そんな二人を、マスコミは

「ライバル」として捉える。

なぜか?

恐らく

過去を、振り返り「今回の試合(田村VS桜庭3連戦)」が

クローズアップされたのではないかと・・・(田村目線)

1998年〜桜庭が破竹の勢いでプライドで活躍する中

(VS田村戦 桜庭3連敗(2連敗))

過去と捉えているかも知れない

忘れたかった過去の試合ではなかったではないかと、勝手に想像する

 

僕は

この年齢になり(2017年)
自分の試合を振り返ってみて

田村潔司VS桜庭和志
20年経った(2017年)今でも

・色褪せない

・自分歴史の試合の中でも、

最高の試合だと思ってます・・・・・

と当時に

僕はUWFにこだわりがあります。。

・UWFの歴史上

・「UWF最終形態」の最高の試合だとも思ってます。。

 

 

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