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【田村潔司】1988年のUWF

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【田村潔司】1988年のUWF

【田村潔司】1988年のUWF

 

1988年5月12日

新生UWF
またの名を
第二次UWF

旗揚げ戦が行われ、産声を上げる

場所:後楽園ホール
大会名:「STARTING OVER」

 

前売りチケット⇒わずか15分で完売

※15分は大げさだが、1〜2日で完売したであろうと想像する(田村主観)

 

旗揚げ戦の試合数は

第3試合 前田日明 対 山崎一夫
第2試合 中野龍雄 対 安生洋二
第1試合 高田延彦 対 宮戸成夫(10分間エキシビション)
3試合のみ

現在(2017年)
一大会10試合〜15試合は当たり前の時代になり

3試合という興行は「稀」である。

 

(1988年)所属選手の人数

・選手6名+新弟子1名(僕)

 

スタッフ

・社長、専務含め4名だったかな

興行形態の違い(従来のプロレス比較)

 

年間試合数

・従来のプロレス
⇒年間150〜200試合程の地方巡業含む形式

・新生UWF
⇒月1回、主要都市のビッグマッチ形式

 

演出面

従来のプロレス
・入場花道はなし
・カセットテープで選手入場曲だし(田村主観)
・第1試合、地味に試合が始まりメインへ出来上がっていく
料理で言うとレストランフルコースのイメージ(田村主観)
(前菜→スープから始まりアントニオ猪木ステーキへ)

UWF
・同じく入場花道はないが
・レーザーライトやスモークによる演出、当時(1989年)斬新な会場演出
・全選手入場式に加え、第一試合から「選手入場テーマ曲」あり

第1試合が始まる前のセレモニー
「全選手入場式」UWFのテーマ曲にのって
第一試合から一人一人名前を呼ばれリングへ
すでに、観客は出来上がってる状態

 

1988年開催大会

5月12日 後楽園ホール
6月11日 札幌中島体育センター
8月13日 有明コロシアム「真夏の格闘技戦」
9月24日  福岡・博多スターレーン
11月10日 名古屋露橋スポーツセンター
12月22日 大阪府立体育会館

ちなみに僕(田村)が入門した時期

5月12日 後楽園ホール
6月11日 札幌中島体育センター
7月7日 田村潔司入門 入門までの道のり
8月13日 有明コロシアム「真夏の格闘技戦」
9月24日  福岡・博多スターレーン
11月10日 名古屋露橋スポーツセンター
12月22日 大阪府立体育会館

 

ルール

・試合は全てシングルマッチ(1本勝負)
・勝敗はKOもしくはギブアップで勝敗を決める

・フリーノックダウン制
9月博多大会より5ノックダウン制採用(ダウン・エスケープ)

※試合前リング上で、ルール説明実演をしている
田村&長井(長井満也)

 

大会を完全収録したビデオ販売

販売価格10,000円
1000本前後売れる(噂)

 

事務所所在地

世田谷区用賀4丁目

 

道場所在地

世田谷区大蔵6丁目

 

道場の雰囲気

・おも〜い

 

「ON」と「OFF」と「練習」

・従来プロレス地方巡業形式
2〜3週間地方巡業⇒巡業が終わるとOFF
練習は巡業回り試合前(田村主観)

・UWF
基本道場で「毎日練習」
月1試合が終われば4〜5日OFF

練習後
ちゃんこを作り食事をとる
ちゃんこ作りは
安生・宮戸・田村 ローテーション
新弟子が入ればちゃんこ番ローテーションを抜けられる。

【田村潔司】新生UWF新弟子の生活&年収公開 どうやって収入を得てるのか?

 

「1988年のUWF」まとめ

UWFは幻想でもあり事実でもあり

「裏」があれば「表」もある

「強さ」の追求は、「事実」である

2000年代〜
「幻想」から「事実」へと証明していく

「裏の顔」

「表の顔」

格好良く言えば二刀流

1988年代のUWFは

対「世間」

2000年代以降

対「世界」

「世間」から「世界」へと繋がって行き

その時の「時代」「時代」によって

それぞれのテーマの「戦い」があるって事で

「世間」から「世界」へと

移行する波の時代が訪れたUWF

UWFを背負って
その世界と戦って来た「自負」はあります。

 

以上
「1988年のUWF」でした。。

 

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